昭和43年5月21日 夜の御理解      (末永信太郎)   №43-074



 昨日、ある教会の御信者さんがお参りを。人情では助からん、神情をもってしなければというような意味の御理解をさせて頂いた。本当にあの、人情では助かりませんと、おかげが頂けないという話を、こちらでいて、あの、御大祭があっとるですかち言うから、いいや、もう、御大祭は先月でしたからっち言ったら、(そう悩んでから?)御大祭と思われたらしいですね、昨日か何かが御大祭じゃなかったかと(思われた?)。お月次祭でしたんですよ。はあ、そうですか、私の方も昨日がお月次祭だった。
 それはもう、それがもう、青々としたお野菜ばっかりでございましたち。もう、それこそ果物一つない。まあ、こんなことは珍しいですけれども、もう、とにかく、まあ、そういう、本当に(私の先生?)親先生で、(いわゆる?)非常にこの人間心を使われる。ね。
 そういうようなことはそう言われますと、本当に人間心ではおかげが受けられんことが分かります、と言われるんですけれども。なら、その、言うなら神情ですかね。人情じゃ動きなさらん、神情で神様が動きなさるのですけれども、その神情というのは、ほんなら、どういうことかと言うと、私はあの、止むに止まれん神様へ向かう人情を限りなく、もう、(順応し、人応し?)という止むに止まれん思いで、まあ、私はあの、尽くして行かなければ、神情には触れられないし、また、神情にはなれないと思うですね。
 そういう修行の先に神情でおかげが受けられるようになると、こう思う。その、昨日も菊栄会の方達、会が済んでから後で色々お話したことでございますけれども。何事からか、私があの、善導寺の親先生に、あの当時、最後のお宅祭りをして頂く時のことを、まあ、話になったんですけれどもね。
 本当にあの、毎年、謝恩祭を仕えて頂くんです。もう、いよいよ今年は何も出来ん。家族の者も、こげん何もない中にお祭りをして頂いたっちゃ、それこそ(   )というようなことでしたけれども。とにかく、あの、お茶粥さんでもええ、ご直会は。参って来て頂く方達にはお茶粥さんでもいいから、お祭りだけは仕えて頂きたいというので、もう、一生懸命。
 ところが、お供えがやはり、なかなか、その集まらない。その、前日ぐらいだったでしょうかね。私は、久留米にお商売に参りました。全然商いがない。まあ、久留米市内で私は、もう、5遍も6遍も、あの、商いがありませんから。商いと言うても、もうブローカーですから、別に商品持ってる訳じゃない。まあ、どこに、まあ、よか品物はないかと言うて、歩くだけのことでございますから。(ないですね?)。
 もう、5遍目か6遍目に参った時には、お賽銭もなかった。それで、その当時あの、証紙をあのはらせて頂いて。(あんなん?あんなに?)年のものを買うと、何か証紙をくれてました、切手みたいな。それを、あの、(   )の中にそれが一枚入ってたから、それをお賽銭代わりにお供えさせて頂いた時に頂いたのが、あの、こういう心持ちでお供えはするもんだということを頂きましたですね。
 本当に相済ません、こんなこっじゃ相済ませんけれども、いわゆる、庭のちり葉でも真心さえあればと、こう言うのであるですね。神情さえあれば、庭のちり葉でも、その証紙でも神様は受けて下さるというのである。それから、私はあるお店へ行ってから、何か商いするような品物ないか。これなら売れんで困っとるから、売ってくれということになった。もう、それこそ置いた物を取るようにしてですね、色々、お供えの準備が出けるおかげを頂いたことがある。
 ね、そん時なんかでも、私はあの、もう、はっきり覚えております。ちょうどその前日、善導寺で何か川のものを(みなばた?ひなばた?)に買いに御用に行った。ところが、その待っておる間に、ちょっと待って下さい、川からこれを取って来んならんから、待っとった。それで、あの、お茶を汲まれて。
 ね、お猟師さんたちの家はその、まあ、家辺りでお茶菓子に(真夜中?)の漬物でん出しますようにですね、(     )を小皿に出されて、お茶を出されるんです。こっちは、もう、川魚のそれも切れませんし。ですから、あの、帰ってみえました。それで、私はもう頂いておりませんでした。これは、もうせっかくじゃから、私はあの、頂いて行こうと言うてから、(      )のその、頂いた。
 持って行きなさるなら、もう少しあげましょうち言うてから、まあ、小さい養殖の立派に煮た魚をですね、川魚を下さった。それが、その翌日の川の物としてのお供えであった。むぎおに遠し親戚があり、私どもの従兄弟になりましたがおりましたが。そこから、あの何かご祝儀の物と言うてから、あの、紅白の餅を、もちろん、餡子の入った餅でしたけれども、それで、ちょうどあの小さい八足にいっぱいみたいな。
 あの時分は食べ物に非常に、まあ、切羽詰った時分ですからね、遅配欠配の時代ですから。まあ、それ、普通、紅白の餅がなかにゃ、餡子の入った餅ではありますけれども、お鏡(   )。というようにですね、もう、そういう止むに止まれん一生懸命のもので行きますと、神様がそういう働きをおいて下さった。
 忘れもしません、そん時に、最後の北野の方達が、あの、参って見えた時に、久富先生からとこの奥さんのお母さんが参って、深町(えきさん?)て。こんな、洗い桶にいっぱい、サラダのお供えを持ってみえました。それと、また、この当時に四十名からやっぱりお参りがありましたですね。もう、それぞれに頂いたお供えで、もうそれこそ賑やかなお祭りでした。
 そして、もう何んなかなら、茶粥ででもと思うておったのが、それこそ、まあ、最低のお神酒ではあるけれども、お神酒もあり。ね、それにサラダにいろいろつけ合わせの物もあり、親先生にもちょうど、その、ご祝儀のお土産として頂いたそのお礼を、まあ、それぞれの(わ)に注いだり、皿に注いだりしますと、ちょうど親先生だけ、まあ、立派なご直会が出てましたようにですね、そういうような、私はあの、体験が積み重ねられて、本当に人情ては使うもんじゃない。
 やはり、神情一つで行けばと言うけども、もう、神様が何とかして下さろうというのじゃなくて、それこそ、止むに止まれんという願いと思いを持ってですね、そんなら、私がその前日、久留米に商いに参りました時でも、これはもう、今日はいよいよ当たられんとじゃろうと言うて、まあ、2遍か3遍か参ってしとったら、もう、それまででした。
 もう、最後の最後まで、押して押して押しまくって行くという。しかも、そん時に頂いた、その証紙のお供えがです、お供えをする心掛けまで頂いた。
 そして、ある店にやらせて頂いたら、それこそ、置いた物を取るようにですね、その品物が売れないと言われておるのが、その品物を探しておるという人のところに行き合わせた。おかげを頂いて、(何だしかの?)そこに現金を得て、それがお祭りの、まあ、最少限度の準備するお金になった。
 明くる日、宅祭りは、もう、それこそいつもにない賑やかなお参拝とお参りとおかげを頂いて。そういうところを通らせて頂いて、初めて私は、その神情、言うなら出て来るのじゃないかと、こう思うですね。
 ですから、あの、人情でもその、まあ、その人間心を使うくせに、神様の前には止むに止まれんという思いを使わない。ね。お野菜ばっかりであろうが何しようが、(賛成?)もなからなければ、勤めようともしない。これでは、いつまで経っても、青々としたお供えばっかりしか集まりゃせんだろうと、私は、で、昨日はそれを聞かせて頂いた時に、その中にあったけど、今晩、そのことをしきりに、こう思うんですね。
 もう、本当にその青々としたお野菜づくしのお供え。それは、人間心ばかりで行くから、そういうおかげが頂かれる。人間心でも、んなら、押しに押して、押しまくって、神様の前に止むに止まれん、神様に(おいて?)こげなことじゃ相済まんというような気持ちで、押せ押せまくって行くと、その向こうに、ね、神様が(   )を見せて下さり、また、その神情一筋にすがって。
 こちらも、神情一筋でおかげの頂けれる道が開けて来る、と。人情には神様は動きなさらんからと言うて、ね、神ながら、神ながらと言うて、暢気な考え方では、いつまで経ってもおかげは受けられない。ね。神様の前には、もう、限りなく止むに止まれぬというもの。さあ、明日はお月次祭じゃが、はあ、お供えも集まっとらんが、野菜、乾物しか集まっとらんが、こんなことでは相済まんと言うて、神様に打ち向かうて、一生懸命、さあ、修行でもそこの先生がなさったとするならですね、おそらくはその方が言われるように、野菜づくしといったような事にはならんのじゃなかろうかと、私は思うのです。ね。
 そして、私は、この神様の働きというものを頂く。ね。そこに、いわば、神情一筋ですかね。もう、甘木の平田さんの言葉の中に、人間心を去れば神心と言うておられますね、この方。それを私は神様にお願いさせて頂きよったら、神心なれば、人間心は無くなるということを頂いたですね。こちらが神心になる。
 その神心を無くなるためには、私は人間心を去らせて頂くけいこを一生懸命しなければならないということはね、止むに止まれん思いで一生懸命に神様に打ち向かうということだと思うね。それはいかにも人間心のようであるけれども、それは、神様へ向けての人間心。真心の限りを尽くして。ね。
 5回行っても、6回行っても売れんなら、7遍でも8遍でも、押しに押して行くところにです、私は神心が生まれてくる。ね。そこに神心になれば、もう、そこからは人間心は全然使わんで済む心ね。これは、神心になれば、人間心が無くなるというおかげが頂かれると思うですね。どうぞ。